お知らせ|京田辺市 日蓮宗 法華寺 

法華寺からのお知らせ

  • 2017/10/26

    京田辺市 手打ち蕎麦 楽庵

    今日は檀家さんのお店をご紹介したいと思います。菩薩団愉快な仲間のアニキこと山地俊成氏が主人の「手打ち蕎麦 […]

    お知らせ

  • 2017/10/21

    寺庭婦人のともこです

      皆様はじめまして。千葉県鴨川市出身の中紙倫子(ともこ)と申します。私も住職同様、皆様にお喜び […]

    お知らせ

  • 2017/10/21

    住職です。こんにちは!

    住職の中紙賢孝です。ブログ頑張って投稿しますのでよろしくお願いします。因みに個人のFacebookは「中紙 […]

    お知らせ

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法華寺だより|京田辺市 日蓮宗 法華寺 

法華寺だより 皆が集まるお寺のブログ

  • 2017/11/10

    祝意に満ちた仏前結婚式

    秋晴れの11月3日、京田辺法華寺では仏前結婚式が執り行われました。華燭の典とは花と蝋燭、ご先祖様や仏様に誓 […]

    結婚式

  • 2017/11/03

    いよいよ明日は仏前結婚式です

    いよいよ明日は愉快な仲間プリンスの仏前結婚式を勤修いたします。今日は菩薩団員が準備や掃除に勤しみ、御宝前の […]

    結婚式

  • 2017/10/27

    仏前結婚式が近づいてきました!

    世間から見ると、お寺は葬儀や供養のイメージが先行してしまいがちですが、実はお寺では多くの慶事をお勤めいたし […]

    結婚式

  • 2017/10/24

    新しい「いのち」を抱く

    今から十数年前、余命宣告されたお父様の供養を見越して、息子さんがお寺へ訪ねてくれました。とても勇気が要る行 […]

    法要

  • 2017/10/24

    愛犬とら&はな

    先日皆様に、老犬の「とら」と「はな」をご紹介しましたので、ツーショット画像をアップしておきます。色の薄い方 […]

    未分類

  • 2017/10/22

    本堂のお供え物

    法華寺では季節ごとに法要を勤めます。当日は檀信徒問わず多くの皆様にお参りいただくのですが、御宝前のお供物を […]

    法要

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皆が集うお寺|京田辺市 日蓮宗 法華寺

当山の縁起

当山の開創は遠く室町時代に遡ります。当時は「大日堂盛行庵」と称する醍醐三宝院の流派に属する真言宗寺院でした。

寛永15年(1638年)11月3日、当地の代官澤井家の縁を引く喜見院日便上人が、その出身地岡村に洛中の名刹曇華院宮や、三宝院門跡から寺領の分与を受け、六条本國寺第17世・鷲峰院日桓大僧正直筆の御本尊を頂き改宗、日蓮宗法華寺を建立されました。後の寛政11年(1799年)の鐘楼堂再建の棟札には、曇華院宮・三宝院宮・旗本天野氏・澤井氏はじめ、村内外の氏名が連なっております。

明治維新の鳥羽伏見の戦い(蛤御門の変)の際には、曇華院宮が澤井家に避難され、当山に宮方の霊牌を安置して日々供養され、曇華院宮仮菩提所としてその所領を下賜されました。しかし大戦中の弱体化や農地解放に伴い、縮小を余儀なくされます。

戦後入寺した37世功徳院日薩上人は、平成3年(1991年)開山日便上人第350遠忌を迎え、見事に本堂庫裡の再建を成就、中興と仰いでおります。後を継いだ38世開聞院日梵上人は、境内寺観をますます整備するとともに、京田辺市を中心に宇治市、久御山町、城陽市、八幡市、精華町、木津川市、枚方市、交野市と付近に教線を拡大いたしました。また、青年信行組織「京田辺市法華寺菩薩団」を結成し、宗教活動のみならず地域社会に貢献すべく活動を展開しています。

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挨拶|京田辺市 日蓮宗 法華寺

住職挨拶文

~あたくし生まれは江戸神田駿河台、育ちは武州板橋、姓は中紙、名は賢孝。人呼んで、ぼんちゃんと発します。西に行きましても東に行きましても、とかく土地土地のお兄ぃさん、お姐ぇさんにご厄介かけがちなる若造です~

皆様はじめまして。私は一般家庭で生まれ育ちました。学生時代から仏教やお寺に興味を抱きつつも、卒業後は一般企業に就職、東京浅草で数年間サラリーマンを経験いたしました。当時はバブルがはじけ社会が不安の極にあり、オウム事件や阪神大震災など世を揺るがす大事件も勃発しておりました。そのような中で、あらためて命の尊さや、正しい仏教の必要性を強く意識するようになり、出家願望が膨らんだのです。

当初は一般家庭から僧籍に身を置く術も分からず躊躇おりましたが、大学に入学して縁を繋げとの助言を受け、会社を辞めて立正大学に進学、在学中に仏門の縁が繋がり、大本山清澄寺での度牒、身延山信行道場を修了、僧籍に身を置く事ができました。大学卒業後は数年間日蓮宗宗務院に奉職、その後縁あって京田辺市法華寺の住職を拝命したのが平成12年です。

お寺の役割は布教?伝道?法務?当然どれも大切です。しかし、何より老若男女問わず、お寺を身近に感じていただけるような活動を心がけてきました。

たとえば仮に明治維新のような廃仏毀釈が再び起こったとしましょう。しかし地域住民から「あの寺は壊しちゃダメだ」と認識されるお寺でなければいけません。

常に檀信徒はじめご縁のある皆様との信頼関係を重んじ、お寺の公共性を最大限に発揮できる存在でありたいと願っております。いつでも開放しているお寺です。

京田辺市は京都、大阪、奈良へのアクセスも優れますます発展しております。第二京阪道路や新名神高速道路、京奈和自動車道が交わる要所であり、松井山手駅付近に新幹線新駅が建設されることが正式に決定いたしました。いっぽう空気が綺麗で緑豊かな田園風景も有しております。ますます目が離せない京田辺市、当地に約500年の伝統を繋げる法華寺へぜひお訪ねください。

法華寺住職 中紙賢孝(日蓮宗教誨師・日蓮宗専任布教師)

誤解を解く  日蓮宗と日蓮正宗(創価学会)の混同|京田辺市 日蓮宗 法華寺

日蓮宗 法華寺

日蓮宗は日蓮聖人が最晩年の九年間を過ごし、遺言により日蓮聖人の墓所が存在する山梨県の身延山久遠寺を総本山として、全国に日蓮聖人の霊跡由緒寺院を含む約六千ヶ寺が存在しています。

日蓮宗の信仰の立場は、日蓮聖人の「仰ぐところは釈迦仏、信ずるところは法華経なり」という言葉に集約されます。つまり仏教の開祖であり娑婆唯一の仏であるお釈迦様、そのお釈迦様が説かれた法華経とその丸薬である南無妙法蓮華経のお題目、そしてお釈迦様の誓願を自ら実践して末法の衆生に弘めた日蓮聖人、これが日蓮宗における仏法僧の三宝です。

いっぽう創価学会は、過去にその母体であった日蓮正宗(静岡県総本山富士大石寺)の教義を踏襲して都合よく改変させておりますので、まずは日蓮正宗の理解が必要となります。

大石寺は日蓮聖人の高弟である日興上人に端を発するものの、室町時代に日蓮聖人の教義を大幅に曲解して自山のみの正当性を主張しました。

大概すれば、お釈迦様には法力がなく、日蓮聖人こそが末法の本仏で、日蓮聖人が遺したと大石寺が主張する板本尊こそが末法の大本尊、派祖の日興上人が僧宝として、偽作本尊、偽書遺文を拠に理論武装していったのです。これには日蓮門下の僧俗が大いに驚きましたが、曲解偏狭の極みゆえ、ながらく捨て置かれ、昭和初期までは弱小傍流でした。

その後、大石寺信徒の創価学会初代会長と大石寺がタッグを組み、戦後爆発的に教団が膨れあがったのです。しかしその蜜月関係も崩壊します。大石寺法主と創価学会会長の間に軋轢が生まれて船頭二人のような様相になり、ついに平成二年分裂しました。

よく日蓮宗というと「学会さんですか?」とか「学会さんを破門したんでしょ?」などと尋ねられるのですが、これらの質問は誤解から生じております。つまり日蓮宗と日蓮正宗は教義も教団の性質も全く異なります。

残念ながら日蓮正宗は伝統教団を自称していますが、実態は排他的な教条主義(カルト)です。日蓮門下各派が親睦団体として門下連合を結成しておりますが、日蓮正宗はその連合にも加入できません。ですから日蓮正宗大石寺や傘下にあった創価学会は、日蓮宗とは全くの無関係なのです。

皆様にはくれぐれもお間違いのないように。そして法華寺へ安心してお参りください。当山は伝統的な在来仏教の「日蓮宗」です。

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